「医療事故」は偶発的に起こっているようにみえますが、実は原因が改善されない限り、必然的に起きているものです。
今回は、日本歯科麻酔学会専門医の先生に歯科における医療事故についてお話を伺いました。
①医療事故が起きやすいケースとはどのような時でしょうか?
事故が起きやすいケースというのは、ほぼ間違いなく意識で”慌てている”、”軽視している”時です。
例えば、診療開始前のミーティングをする時に、その日20人の患者さんがいたとして、「この治療は特に注意しないとね」と言って、朝から準備万端にして臨んだ治療ではほとんど事故が起きません。
逆に、軽視している治療で事故が起きることがあります。
治療中に「この治療はすぐに終わるから」と次の治療のことを考えている時や、「サッと片付けて次に行こう」と急いでいる時など、意識がそれている時に事故は起きるのです。
具体的な例で、下顎の6番を抜歯する時に、「その前の5番もすぐに抜けそうだから一緒に抜歯しよう」と思いついたとします。
両方の歯に麻酔を打って、「5番はすぐに抜けるから、6番をどうやって抜こうか」と考えながら5番にヘーベルを掛けると、実は5番が癒着していた、というような軽視している時ですね。
患者さん、治療ケース、1本の歯、どこか1点でも軽く見ている時に事故は起きる、と30年の臨床経験から感じます。
やはりその治療に集中していて様々な対策を考えている時は、ほとんど事故は起きません。
事故調査委員会の中で事故原因として繰り返し述べられていることは、準備不足、対策不足、事例を軽視している、リスクを軽視している、あるいはリスクを認識していない場合というのが圧倒的に多いということです。
◎医療事故が起きやすいケース
→意識で“慌てている、”軽視している“時
→患者さん、治療ケース、1本の歯、どこか1点でも軽く見ている時
◎医療事故を防ぐために行うべきこと
→一つ一つの治療に集中して様々な対策を考えること
②医療事故を起こす人と起こさない人の違いは何でしょうか?
麻酔に限らず何か専門分野に長年携わってきた人たちは、例えば瞬時に倒れた患者さんを起き上がらせるとか、魔法のようなことができるわけではなくて、常に「次こう来たらこうしよう、そしたらこうしよう」など慎重に考えながら臨んでいます。
そのような人たちのことを、真に“リスクマネジメントができる人”と言うのだと思います。
ただ、世の中には、何も考えずに一本槍で臨んでいるにも関わらず、一生事故に遭わずに済む人もいます。
逆に、しっかり勉強をしていても、注意を怠ることで事故に遭ったりすることもあります。
一般的には、リスクの怖さを正しく認識し、感染症と同じように正しく恐れている人には、事故は来ないと思います。
研修医が臨床スキルを磨く時は、正しく痛みをコントロールできる、そして正しく患者さんとコミュニケーションを取れるテクニックを身に付ければ、ほとんどの場合はリスクを回避できると思います。
◎医療事故を起こさない人とは
→リスクの怖さを正しく認識し、感染症と同じように正しく恐れている
③リスク回避にはコミュニケーション技術も必要
例えば、今週医院に来た新患の方(80代・女性)のケースをお話します。
その方の主訴を聞くと、“親知らずを抜いてほしい“と”咬み合わせが合っていないから歯を削ってほしい“ということでした。
強く主張していらっしゃったので、こちらもギアを上げてエンジン全開でその患者さんとコミュニケーションを取ろうと思っていました。
しかし、いざ治療を開始すると、その患者さんがおっしゃっていたことはほとんど正しかったのです。
そのため、一通りお話を聞いた後に、「あなたのおっしゃっていることは半分以上正しい」とご本人に伝えました。
そうすると、ずっと険しい顔をしていた患者さんの表情が一気に崩れたんですね。
さらに、「あなたの受けて来た治療は本当に素晴らしいですよ、ここもきれいなセラミックの歯が入っているし、お金や時間も掛かっただろうし、よくここまでちゃんと持ちましたね」と労いました。
結局その日は治療などはせずに終えて、次回どうしようかなと治療計画を考えたわけです。
主張が強めの患者さんでしたが、こちらに求めている内容を理解することで、しっかりとコミュニケーションを取ることができたので、恐らく次回もその患者さんは来てくださるでしょう。
ただ、一人の患者さんに何時間も掛けるわけにもいかないので、他の患者さんと同じように、例えば30分と決められた時間でその患者さんとのコミュニケーションを完成させるのが、正しい医療人の時間の使い方だと思います。
◎決められた時間内で完結するコミュニケーション技術が必要
④患者さんとのコミュニケーションにおけるポイント
話のポイントは患者さんによって違うので、まずはその患者さんの口の中を肯定してあげる、その口の中を診た歯科医師を肯定してあげることが、すごく効果があるなということを最近実感しています。
誰だって今までの自分のヒストリーを否定されたら嫌な気持ちになりますよね。
患者さんの評価は、バイタルサインを取るだけでは測れません。
この患者さんは一体どういう人なのか、どこをどういう風に押せばコミュニケーションを上手く取れるのか、ということを全身全霊で考える必要があります。
それを繰り返し行っていけば、決められた時間内に良好なコミュニケーションを構築することができるようになるでしょう。
きっと自分の治療技術が足りなくて来なくなってしまう患者さんもいると思うのですが、今来てくれている患者さんには院内でトラブルを起こしてほしくないということを考えると、安全な歯科医療とはそういうところにも立脚しているのかなと思います。
その上で、麻酔のような侵襲行為が成り立つのでしょう。
歯科は見えないところに侵襲行為をするわけですし、術野は狭く、条件は悪い、常に危険が隣り合わせと言っても過言ではありません。
そんな現場で毎日事故なく過ごせていることに改めて感謝しています。
◎患者さんとの会話でのポイント
→まずはその患者さんの口の中、その口の中を診た歯科医師を肯定する